月だけを見ている。

ハンカチ拾います。

高校を卒業して大学に行くまでの話。

お嬢様お坊っちゃまが狭いコミュニティで恋愛や苛めを堂々巡りしている制服のダサい自称進学校の高校が大っ嫌いだったので、卒業式はとても嬉しかった。たいして学校には行っていなかったけど、もう二度と行かなくて良いとなると途端に煩わしいものから解放され自由になった気がした。卒業式の間も学長から卒業証書を受け取る自分と同じ制服を着た人たちを見ながら(何この人たち気持ち悪い…)と思っていた。早く家に帰ってこの忌まわしき制服を脱ぐことばかり考えていた。

 

貧しい家に生まれたわりには教育に関しては恵まれた環境ではあったが、その当時は母に敷かれたレールの上を歩んでいるだけで特に感謝することもなく、滑り止めと言ってさまざまな私立の大学を受験させてもらえる人たちを羨ましく思いながら妬みを育てていた。そもそもセンターで滑り転んでしまった私は華々しく浪人生となった。

 

卒業して初めにしたことは、アルバイト探しだった。近所のスーパーでタウンワークを手に取り近所の塾講師の求人に片っ端からチェックを入れ、その中から最も時給が高い個別指導の学習塾に電話をかけた。

 

なぜ塾講師かと言うと、塾は子供たちが学校から帰ってからの時間、つまり夕方以降しかやっていないので、それまで自分の勉強に専念し、夕方から働いて、帰ってきてまた自分の勉強に戻る、というルーティーンが確立できると思ったからだ。

 

私の勤めていた塾は主に「学校の授業についていけない、授業態度が良くなくて他の塾にいけない」子供たちが中心だった。私も小説に没頭しすぎて授業が始まっても読み耽っていたり(夏目漱石にハマっていた)、世界史の授業中に化学の教科書を堂々と開いて注意されたり(悪気はなかったとは言えこれは私が悪い)、途中からはあまり学校に行かなくなったり、さらに中学の時は少々(本当に少々です)素行が悪かったこともあって、子供たちとすぐに打ち解けることは出来たが、ごく簡単な漢字も読めない、大まかな日本地図も分からない、%の計算なんてとんでもない、という子たちを見ていると、この子たちは決して悪くないけど少し気の毒に思ったりもした。

 

だって、漢字が読めないと本や雑誌、漫画も読めない。何県がどの辺りにあるか知っているだけで旅行は幾分か楽しくなる。割引の計算のやり方が分からなければスーパーや服屋さんの買い物はどうするんだ。もしかしたら本人たちはそこまで不便と感じることもなく生きていくのかもしれない。それを私は不幸とは思わないし何を幸せとするかは人によって物差しが違うが、私は勉強する環境に置かれていてよかったと思った。

 

そんなわけで起きてからお昼まで勉強、13時まで休憩したら仕事まで勉強、仕事から帰ったら英単語を頭に詰め込んだり国語の勉強と言いながら本を読む生活が始まった。こう書くとかなり勉強したんですね!という感じですけどもちろんある日は寝坊したりある日は昼寝したりある日々はコンサートに通ったりある日はデートしたりしていた。

 

卒業してからイケメン幼なじみと頻繁に会えるようになった。一人は大学生、もう一人は私と同じく浪人して予備校に通っていた。地元唯一の人々の憩いの場であるサイゼリヤに集合し、色々な遊びをした。よく家で大乱闘スマッシュブラザーズをした。2人とも漫画をたくさん持っていたので彼らのリビングの炬燵で読み漁った。ジョーシン遊戯王カードを買うのを見守ることもあったがルールは分からなかった。

 

彼らはよく、予備校、大学とどちらも私にとって未開の地にいる変わった人たちや授業内容なんかについて話を聞かせてくれた。イケメン幼なじみは二人ともかっこいい上に頭が良く、勉強ができて好奇心が旺盛で物知りで、そしてそれらが総じて話し上手だ。社会人になってからも定期的に会うし、失恋や挫折など、一大事の時に誰に連絡するかと言われたら、必ず幼なじみだった。人に頼ったり弱音を吐くことのできない私にとって命綱のような存在だったと思う。

 

ところで、物理2とかいうかなり厄介な科目がある。物理を独学で勉強したせいで余計に訳わからず、理屈を理解するというより問題の解き方を丸暗記してそれを他の問題に応用するという勉強を続けていたが、後半の電磁気でお手上げ。本当にこんな繋ぎ方あるんかいなという難解な並列接続にひたすら→とか3.0Vとか暗号を書き込み、ていうか本当に電流こっち向きで合ってんの?なにがキルヒホッフじゃ、と思いながらとにかく解き方を覚える。疲れたら日本史をする。「日本史は自分へのご褒美」と擦り込みをしていたら途中から本当に日本史を勉強するのが苦じゃなくなった。脳を騙すのは簡単。

 

ちなみに大学でも1、2、3回生と電磁気の単位を落とし続けた。

 

2年の月日は途方もなく長く、恐ろしいほどあっという間だった。楽しいこともあったが先の見えない不安、焦りやとてつもない後悔に襲われる毎日だった。スムーズにどこかしらの大学に入れていればこんな経験せずに済んだが、まぁあんまり二浪もしてる人なんていないし話のネタとしては面白いかもしれない。それに、大学に入学した途端環境がガラッと変わりしばらくは本を読むより楽しくない飲み会に参加する、まったく勉強しなくなる、通学のために一日に4時間以上電車に乗ることになる、という有様から考えるにやっぱり浪人中にしか出来ないことがたくさんあったからこれで良かったと思うことにしている。幼なじみと自転車で夜ふけの海を見に行って花火をしたりとかね。