月だけを見ている。

ハンカチ拾います。

春のお散歩、日本酒、桜。

悲しいまま眠って目が覚めても悲しいままだった。スマホを見るとまおちゃんからラインが来ていた。

 

「今日、ぬんちゃんと自動運転の車に乗る夢みた〜」

 

まおちゃんは高校の同級生で、進学などの環境の変化のたびに交友関係を全リセットする私にとってはほとんど唯一の長年の付き合いの友達。彼女が大学に行ったりその地で就職をしたりと、この10年の間に1年で一度も連絡を取らなかった時期もあったし、2回しか会わない年もあったし、それでもこうして親交は続いている。密に連絡を取り続けることだけが親しさじゃないし、今は会っていなくてもまたいつか頻繁に会うようになるだろう友達はたくさんいる。

 

「散歩しよう、ぬんちゃん」

 

と言うのでお散歩しよう、と答える。1時間半後くらいにネイルが終わるらしい。私はお店でネイルをしたことがないので、そんなに長くかかるんだな、ネイリストはすごいなと思う。

 

だいたい1時間半後に待ち合わせ場所に行く。お花屋さんにいるね、とラインを送る。何分に着くねと言われていた時間から5分ほど遅れてまおちゃんが来る。

 

「何個かお花屋さん覗いてぬんちゃんいるかなー!って思っておらんかった!」

 

そんなにお花屋さんたくさんあるか!?と思ったけど本当にあるらしい。悪いことをした。青山フラワーマーケットって言えば良かった。

 

とりあえず公園まで歩く。スーパーでおにぎりを買うと言うのでついていく。入ってすぐに並んでいた鮮やかないちごを見て「いちご食べよ〜!」と言う。公園で地べたに座って桜を見ながらいちごを食べたいらしい。練乳いる?と聞かれたからいらんよ〜!と答えた。

 

レジで「有料ですが袋はどうしますか?」と聞かれる。すぐ食べるからいらんのちゃう?と思ったらまおちゃんは「お願いします」と答える。するとめちゃくちゃデカいレジ袋を渡されていた。しかも袋に入れずにそのまま公園に出て早速パックのフィルムを剥く。袋、いらんかったやん…

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「ぬんちゃんが外でいちご食べてる写真、写ルンですで撮るねん!」と言う。まおちゃんはたまに写ルンですを持ってくるが、普段あまり使わないのでなかなか現像に出すことができず、大昔に行った京都の三十三間堂の写真がだいぶ後になって送られてきて驚いたこともある。

f:id:nunnun1:20200406141045j:image写ルンですで撮ったら修学旅行生と色合いが被った若かりし私

 

だから春の空の下、青々とした芝生の上で大きないちごをかじる私の写真が私の元に届くのはいつになるか分からない。その頃には世界中に平穏が訪れていたらいいなと思う。

 

作ったものが相手の元に届くまで時間を要する、という点は前回ブログに書いた手紙も同じだと思う。昔、睦月に勧められて『待つということ』という本を読んだ。内容は臨床哲学のようなもので難解だったが、写ルンですの出来上がりや手紙は、今はあまり味わうことのなくなった待つことでしか得られない気持ちを思い出させてくれる。

 

好きなコーヒー屋がある。人に教えていない店で、まおちゃんが意味わからん男と別れて塞ぎ込んでいる時に連れて行った。そこに行きたいと言う。その店はコーヒー屋兼お酒を出すバーであるにも関わらず世間の営業停止の波なんかどこ吹く風、いつも通り営業を続けている。

 

この前飲んだエルダーフラワーのミルクコーヒーを大変気に入ったらしい。お店についたらそこにはいつも通りがあった。そのことに対する善否はともかく、日々目まぐるしく更新される悲しいニュースで溢れる今は、いつも通りなものは貴重で、触れると胸を撫で下ろしてしまう。

 

その日も常連さんでカウンターはいっぱいだった。その店は初めて会う人でも『この店と、この店の人を愛している』という共通点から、気軽に声をかけ世間話が始まる。人と人をつなぐタイプの小さな店。まおちゃんとフレンチトーストを半分こする。

f:id:nunnun1:20200406132109j:image世界一美味しいフレンチトースト

 

さっき撮った写真を送り合う。まおちゃんは今も昔も私のことを可愛い可愛いと言ってくれるけど、そんなこと言うのはこの女だけなので有難い。なんだかんだあって日本酒を3杯ご馳走になる(本当になんだかんだあった)。

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お店の人に外まで見送りにきてもらって、また公園まで歩く。道すがら、満開の桜の木に幾度も出会う。春なんだなと思う。たくさんの子供たちが公園を走り回り、たぶん、外で遊びなさいと言われる時は家に篭りゲームをしていただろうに、家にいなさいと言われている今、外に出ないことは大人でもストレスなんだからそりゃあ外で走りたくもなるよな。あの子たちが見てる桜と大人の私が見る桜は同じなのだろうかと思う。桜が切ないなんて思うようになったのはいつからだろう。

f:id:nunnun1:20200406141522j:image通りすがりの公園

 

公園の桜も満開で、日は暮れかけて、空気中にウイルスが舞い踊ってるとは思えないくらい清々しかった。春の空気は透き通っている感じがする。階段を上ると左手にたくさんの桜が植えられていて、そこを通りたいと言うからそこを通る。光の加減でたくさんの桜のはずがめちゃくちゃ白い塊みたいな背景の写真が何枚も撮れる。

 

あのちっちゃい虫の大群に襲われ、二人で顔の前を手で仰ぎながら坂を下り、まおちゃんが「もし私たちがコロナになってしまっても、絶対にあのお店の名前は言わないでおこうな」と言う。間違いない。

 

月が綺麗だった。春の空を見たらあの人はなんて言うだろうか。晴れてよかったに変わる言葉があるのだろうか。まおちゃんは私の好きな人のことが大っ嫌いなので、あまり話題に出さない。出したら「あんな男のことはよ忘れて〜!」と言いながら、なんかこう腕を、変な風に動かす。

 

帰り道、「間隔を最低でも2mあけるの2mはジャイアントパンダ一匹分らしいよ」と教えてくれた。ジャイアントパンダってめちゃくちゃおっきいんだな。

 

のびやかで温かで、気温は同じでも秋とは違う、空気は春特有の柔らかなそれだった。お互いの写真を撮り合いながら、走ったり階段で息を切らしたり虫を払ったり、店でご馳走になった日本酒のおかげで体は軽く気分は心地よく、私は幸福だった。春には春の幸福がある。

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